THE LIFEFUMIO TAKASHIMA
ダイアリー|2026.9.26NEW

諦めた、そして弾けた

ずっと八丈島を開発する計画を温めてきた。ホテルやVILLAGE、植物園を作ろうと模索してきたが、ここのところの建築費高騰もあるが、人手不足の影響もあり建設会社がどこも受けてくれない事態に。「八丈島に…」と言った段階でどこも「無理です」とつれない返事だ。確かに日本全国で新規建設案件が止まっている。中野サンプラザ、第二六本木ヒルズ、JR各駅ビルなど。東京、本州でさえそういう状況で島となっては無理もないのだろう。また仮に可能となってもべらぼうな金額になるのは目に見えているし、それで採算がどうなるのかは計算しなくても合わないだろう。そう思い、俺の目の黒いうちには難しいのかなぁなどと思っていた。土地は全部で3万坪ほど買っているが、実は一部で先行して畑を作っている。さすがミネラルの豊富な土壌だ、実験的に作っている野菜はどれも美味しい。

話は変わるが、福井にある実家、空き家で数年経つが、お袋の七回忌を機に来春には取り壊して売却しようと思っていた。生まれた場所ではないが、ほぼ高校卒業するまで育った家だ。親父が手にかけていた庭もあるが、もう樹木も伸び放題になっているし、この際仕方がないなぁと思っていた。

そんな折、何か沸々と湧き上がるものがあった。「日本文化」という言葉だ。以前から「和の価値振興推進協議会」なる社団法人をつくったりしているが、世界中の人が憧れる日本というものを直近でのヨーロッパの生活でも感じていた。ラーメン、アニメ、おにぎり、ポケモン、ゲームなどの身近なものから、日本を訪れる外国人の数は増え続け、一様に分刻みで走る新幹線や、メトロポリス東京や古都の京都、奈良に驚く。まさに不思議の国日本だろう。しかし、文化の発信という意味ではまだまだ弱い。自分は経済とか軍事とかと同じくらい文化というものには力があると思っている。京都が戦火に合わなかったのも文化による防衛という力だったのだろう。

あと自分が辿ってきた道もある。ものづくりから販売まで一貫してブランドを作り上げてきた。それらのことが全て頭の中に蠢いていたが、ふと水が引くように新たな形として頭の中に構造物のようなものが出来てきた。それは今ある資産を使って新たに世界に発信できるブランドをつくろうというものだ。まずは八丈では地元の植物を使いフレグランスやスキンケアをつくろうと思う。幸い植物を育てる土地はじゅうぶんにあるし、何なら他の農家さんの協力も仰げばいい。もちろん抽出、精製する工場は必要だが、その規模程度なら建てることも容易だ。八丈にあるさまざまな植物と海の水からつくる塩。これらを組み合わせればJAPAN ISLAND BOTANICALから生まれる商品がつくれるだろう。

そして実家だが、親父の作った庭をキチンと手入れをしようと思う。何故なら実家を伝統工芸のデザインセンター兼ショールーム兼物流基地にしようと思うからだ。北陸や岐阜も含めた一帯は工芸品の一大産地だ。福井から未来につながる工芸をつくりあげたい。それには親父の庭が必要だ。

そして発信だ。それはパリにしたい。パリからMAISON BRANDをスタートしよう。これで全てが繋がった。自分の原点は福井で育ったおかげでもあるが、親父の影響もある。書を嗜み、植物と関わってきた父親だった。絵も上手い。そして自分は東京に出て、世界中を旅してきて改めて日本文化の力を感じながらビジネスをしてきた。そして我が家族だ。娘はフランス人と結婚し、孫は日仏の血を持った子供だ。こうなるのは自然なことかもしれない。

おそらく最低でも3年はかかるだろうがCRAFT,BOTANICAL,LIVING,CULTUREという4つの構成のブランドにしたい。決して懐古趣味的な日本文化を発信するつもりはない。日本文化を基礎にした未来の文化だ。モダンな空間の中に床の間的な場所はつくりたい。日本文化は床の間から茶器や生花や書や日本画が生まれたからだ。そしてそこには作法という暮らしのルールがある。古い日本画だけではなく現代アートが床の間に収まる様を見せたい。また書や生花、金継ぎなどは一般の人が参加できるようにしたい。モノだけではなく日本人の心に宿る精神文化を伝えたいからだ。

まだ粗々の構想でしかないが、ホテルが出来ないという状況がかえって災い転じて福となすで、八丈も福井もそして家族もが繋がるブランドだ。きっと俺にしか出来ないブランドだ。そして人生最後の大仕事になりそうだ。日本人に生まれ、そして日本文化に育てられ、その良さを世界に広めたい。単にその想いだけだ。それはエルメスでも、LVMHでも出来ないことだ。何故なら思いの源泉は日本人としての俺の心の中だから。自分が納得できる世界最高の日本文化発信をしたい。