男の生き方

自分にある生きる上での術は「謙遜」や「へりくだり」である。もちろんそれは表現の話であって、心底そうかというとそうでもない。ただ会社を褒められれば「いやいやまだまだ弱小企業ですから」と言っておけば良いのではないかと思うし。人に家族を言う時は「愚妻、愚息、愚娘」と言っておけば良いのではないかと思う。得てして弱い人ほど強がるし、デカく見せようとするが、逆もありで強い人や成した人ほど威張らないし、謙虚な気がする。そういう意味ではスター性というのは自分には合わないし、スターのように振る舞うなんてのも出来ないし、やらなきゃいけなかったとしてもいわゆる「小っ恥ずかしい」だけだ。また、たまに大きく振る舞おうとする人を見ると茶化してみたくなり「凄いですねぇ」「さすがですねぇ」と褒めまくる。そうするとますます木に登ってしまう人がいる。「あのプロジェクトは俺がやった」「どこそこのビルは俺が持っている」「誰々をよく知っている」などなど。それがつい女の前となると拍車がかかるものだ。また得てしてそういう人が支払いの際になると奢られていたりする。しかし、世の中壁に耳あり、障子に目ありだ。誰が聞いているかわからない。冷静に人を見ている人もいるものだ。それが実はリスクだと思う。その点、控えめにしておけば何ら損をすることもないだろう。もしくは功罪両方とも正直に表現するかだ。正直に包み隠さず話していれば、苦労の末に掴んだ成功なら誰もうとましく思わない。
また女も女で、華やかだけど実は中身のない男と、もの静かけど実力のある男がいたら、華やかな男にすり寄る女は軽い。つまり人を見る目がないのだ。そういう女は表面的な部分だけに騙されて流されてゆく。例えばホステスではそういう女は出世できない。できる女はよく人を見ているものだ。
男は毎回決め込む必要などない。イザという場面だけ決められれば良いのだ。しかし、イザという場面はそう多くはないものだ。
男の生き方、さまざまな生き方はあるが孤高な生き方が出来る人を俺は好きである。