THE LIFEFUMIO TAKASHIMA
ダイアリー2026.9.3NEW

SNSを止めて変わったこと

SNSをやめてしばらく経ったが、少しずつ変化があるのがわかる。

一番の変化はスマホで写真を撮ることが減った。食事も撮らない、どこかの景色も撮らない。だから写真が増えていかない。しかし、その分目に焼き付けようと思う。焼き付けてもどうせいつかは忘れていくんだろうけど、撮った写真だって忘れるから一緒だと思っている。あとはやはりスマホに向かう時間が少なくなっている。ベッドにいるとだらだらSNSを見がちだがそういう時間が減ってきている。メッセージ機能があるから仕方なく残しているが本当はアプリ自体を削除したい(TicTokは削除した)。

あとこれは自然なことだが、発信をしていない分、人の目が気にならない。投稿すれば反応を見たいし、良い反応を欲しがるのは当然だが、投稿しなきゃどうでも良くなる。確かにSNSを止めたことである種の社会から脱退した訳だが、誰からも気にされなくなった気分はすこーし寂しいが、目立たぬように生きる権利を得た気もする。会社社長として活躍しなくてはいけない時期や自分PRしなくてはいけない状況なら積極的に活用するのは当たり前だし、何も悪いことではない。しかし、客観的に見て、自分は何か発信する必要があるのだろうかと思うと確かに興味を持ってくれている人はいるだろうが、それは人様の暮らしぶりを覗き見したい興味本位的なものじゃないかと思うし、だからと言ってどうこうでもないだろう。所詮、引退した初老の行動がそんなに興味をそそることもないだろうと思う。このWEBサイトは自分の発信というよりも放言したいから書いているだけだからちょっと違うスタンスだ。だからこのサイトには「イイね」は設けていない。つまり見た人の反応を気にせず書けるところなのである。まぁ、俺の鬱憤発散みたいなものかな。

話は戻るが、正直言うとなんか身軽になった気分なのだ。目立つ必要が無いと言うのはすごく楽だし、素でいれる。なんかSNSごときに踊らされていた自分もいたんじゃないかと思うのだ。小さい個人会社もやっているので昨日はオフィスでスタッフと打ち合わせをしたが、会社のHPの話になり、素敵にしようと言うのは当たり前だが、何かを発信、PRはしないでおこうという結論になった。何故かというと営業行為をしなくていい会社だからだ。それでも会社はじゅうぶん利益が出ているし、含みも貯まっている。○億という税金も払わなくてはいけない。だから今早急に何か営業して売り上げというものを追う必要がないからだ。スタッフが楽しく過ごしてくれたらそれでいい。個人も会社も賑やかじゃなくていい。しれっとしてたら気楽だ。最近特に感じるのはタクシー広告や新聞記事などでいろんな社長さんのメッセージなどを見聞きすると、いわゆる経済って社会全体からすればある種の領域であって、経済以外にも様々なものがあるのに、自分も経済人だった頃はビジネスが世の中を牛耳っているように思えていたなぁと思う。だから今そういう社長メッセージなどがとても軽く感じる。それは所詮立場でモノを言うからであって、その人自身の人間性としての声では無いからだ。

今自分という身体からビジネスマンというものが抜け殻のように剥がれていっているのだ。その抜け殻が自分の身軽さに繋がっているのだと思う。もう「Francfranc創業者」というタイトルも要らない。それも今となっては昔話の一つになってしまったように思う。今は70歳、一般人高島郁夫でいい。その方が気楽に生きていける。さすがにネット社会から脱することは難しいがさすがにもう土俵に上がることはもうあるまい。