読後感

友人の本田直之くんから新刊本を送ってもらった。タイトルは「セカンドハーフ戦略」人生の後半戦をどう戦うかの本だが、57歳の彼の人生後半に対しての捉え方、組み立て、身体、新しいこと、心構えなどが書いてある。彼は残り半分だが、俺は残り1/4クォーターであり、彼の先を走っているつもりだがまさしくうなづける事ばかりだった。今までの自分のモノサシが通用しなくなると言うのは自分でもそう思ったし、自分の引退は65歳だったが、やはり新しい海へ出るには新しい水夫に任せるべきだろうという思いが引退の理由だ。それは案の定AIという新しい海が訪れてきたし、古い水夫の俺は立ち向かえなかったかもしれない。今自分はもうモノサシを変えようとは思っていない。新しいモノサシを持つほどの力はないから、昔のモノサシでも通用するところだけを歩いていこうと思っている。それでも世の中はまだまだオールドな領域もあるので完敗というわけでもなく、6勝4敗くらいでいけてるのではと思う。
そして新しいこと、彼は柔術や鮨、ヨットなどを取り組み始めたが、自分の場合はまずは走り高跳びだ。50年ぶりのジャンプだがやってみると奥が深く改めて練習しなきゃと思うし、競技場で練習するのがこれまた新鮮で心地よい。10月の全日本で何位に入れるかが楽しみだ。そしてこれは新しいことではないが、走ること泳ぐことをトライアスロンの為ではないと思うようにした。これがこの夏の一番の収穫だった。純粋に走る楽しさや泳ぐ気持ちの良さをしみじみ感じることができた。つまり「〜ねばならない」を外したわけだ。早く走れる時は早く走る、ゆっくりの時もあるし、歩く時もある。とにかく大事なのは気持ち良くだ。泳ぐのもストロークを大きく肩甲骨からだ。水中ヨガのようにのびのび楽しく泳げた。トライアスロンも大事だが、走る、泳ぐこと本来の楽しさを優先させるだけで毎朝楽しく続けることが出来た。月間にすればチリツモで120キロランと15キロスイムになっているからまずまずの距離だ。
そしてたまたま今月は家の引っ越しがあり、荷物を相当断捨離した。まぁ、荷物はそれでいいのだが、行きつけの店も、友人と呼ぶ人たちももっと少なくても良いんじゃないかと思うようになってきた。SNSをやめたのもあるが、俺も70歳だ、そんなに世に出ることにアクセクしなくていいし、心地よい時間さえあればいいんじゃないかと思う。たまたま70歳だから中学や高校のクラス会などがあるらしいが、欠席で通知を出した。地元にいてしょっちゅうみんなと会っているわけでもないので、行ったところで何十年も前の話で盛り上がる気にはなれない自分がいるし、何を話していいかも正直わからないからだ。
今は人から誘いを受けても会いたい人なら会う、それほどでもないなら適当な理由をつけて断るようにしている。
自分は70歳になり改めて残りの時間はおそらく15年くらいだと思っている。しかし、この15年は今までの延長の15年ではない。わかりやすく言えば、魚を獲り、キチンと締めて、丁寧にウロコやワタを取り、1週間ほど水に濡れないように氷につけて熟成した後の魚の身だ。一番美味い熟成後の15年だと思っている。自分が経験した全ての術を持って対峙できる15年だ。だから同じことをやるにしても経験という深さを持って受けることで満足度が変わる気がしている。そしてまだビジネスから足を洗っているわけではないが、これも今までの経験がリターンを大きくしていることもある。
俺にとってはもう最後の第4Qの直線だ。しかし、何となく400m決勝ではないような気がする。イメージは1600mリレーじゃないだろうか。その第1走者として次の世代にいい形でバトンを渡せるような最後の100mにしたいというのが本音だ。
彼の本の内容はほぼ全てにおいて納得できる。自分が若い頃この本があったら、もうちょっと良い走りが出来たかもしれないなぁ。