海との関わり

今朝も海に入り500mほど海散歩してきた。泳ぎながらも岩場を探り魚やウニ、ナマコなどを確認してきた。
陰陽五行の占いでは自分は「火」であるせいか、いつも燃えているものがどこかにあるらしく、逆にその炎を和らげてくれる「水」に惹かれるのが自分の性格らしい。それは確かにそう思う。海、川、池、プールなど水辺にいると落ち着くのである。また昔から山よりは海に惹かれ、ことごとく海に親しんできた人生だと思う。小さい頃は遠くの海まで出かけ夏は朝から晩まで今でいうシュノーケリングだが水中眼鏡をかけて磯場を潜ってはサザエを獲っていた。また40代の頃はダイビングのライセンスを取り、水中銃にはまり、石垣島、西表島、八丈島などでスピアフィッシングをやっていた。50代になりトライアスロンで海を遠泳するようになったり、サーフィンと出会い、海の中というよりは表面を楽しむようになった。また60代ではSUPで大島〜江ノ島を漕いで渡ったりもした。船の操縦こそしてこなかったが、60代でようやく船舶免許やジェットスキーの免許もとり海では一応万能なつもりでいる。
しかし、同時に海の怖さも感じている。一番怖いのは波もあるが、潮の流れだ。一見穏やかそうな海でも潮の流れというものはある。またそれも表面とある程度の水深でも違ったりする。よく夏の水難事故で多いのが離岸流だ。岸から沖に向かう流れで、酷い時は岸に向かって泳いでも泳いでも離れてしまうことがある。知らない人ほどそういう時はパニックになり、無駄な体力を使い、最悪の場合は溺死することになる。特に小さな湾になっている所に発生しやすいが、海水が陸に来て跳ね返る流れが離岸流なので必ずその横には岸に向かう流れもあるはずだ。従って離岸流にあった場合は落ち着いて体力を消耗しないようにし、少し流されても横に泳げば陸に向かう流れに乗れる場合がある。サーフィンをやっている人なら知っているが、逆にそれをうまく使って早く沖に出ることができる。また岩と岩の間や、島と島の間には常に潮が流れている。干潮、満潮で流れが変わるのだが、そういう狭い場所は特に流れが速くなる。いつぞや八丈島で潜ったときは、八丈島と八丈小島の間に潮が流れていて。少し潜って魚を追っている間に100mほど流されてしまった。インストラクターがいるファンダイブなら良いが、スピアフィッシングは単独行動だ。友人達と「これいつか死に繋がるからそろそろ止めようかと」いうことでタンクを背負ってスピアをやるのは止めてしまったが、危ないだろうなとは思っていたのでホッとした。穏やかな海もあれば荒れた海もある。いつぞや湘南からいつも乗せてもらっていた友人の船で式根島まで行ったが、2泊して帰りは荒れた海に出たはいいが、とても帰れる状況ではなく隣の新島までやっと辿り着き、飛行機で帰ったことがあった。その時は船のガラスは割れ、TVは外れ、全身びしょ濡れだったが、よく大波の中、新島まで来れたと思った。サーフィン中にリーフで背中を傷つけたり、足を擦りむくのはしょっ中あるし、危険生物もいるが、危ないことさえ注意していればとても楽しい。日本人はどんどん海に入る人が減っているらしいが、海水に浸かるだけでもミネラルは豊富だし、マイナスイオンもある。また水圧のマッサージ効果もある。身体にはとても良いはずだ。また福岡の糸島や三浦半島の三浦大根など海の近くで美味しい農作物ができるのは土に海からのミネラル成分が多からである。海辺の肥沃な土地はもっと農業に活かされたら良いのにと思う。
日本は島国でその海岸線は世界6位らしいが、その活用はまだ漁業に限定されていて寂しい限りだ。観光としても海辺の開発はほぼされていない。ここ南仏にいると、小さな岩場でさえ、みんなが楽しんでいる様子が見れる。日本は殆どが利権の温床とされているテトラポットで埋め尽くされていて(麻生セメントもセメント供給しているだろう)、自然のまま残されている海岸は少ない。
生物の起源である海。いつか自分も死して海に帰るような気がしている。