THE LIFEFUMIO TAKASHIMA
ダイアリー|2026.10.19NEW

日の丸

武道館北口関係者入り口に着いたのは開演前20分くらいだった。名前を告げ、スタッフに導かれるように控えの間に案内され待つことに4時開演だからそんなに時間は無いが、少しイライラし始めた頃席に案内された「1階南スタンドA列17番」が自分の席だがそれはアリーナ席を見下ろす2階の最前列で見やすい席だった。席について間も無く開演だ。スター「藤井フミヤ」はそこに立っていて、いつものように数曲を連続して歌った。今日のステージは彼にとって今年最後のステージだ。自分にとっては今年2回目のステージだが相変わらず彼はステージに立つと大きくなる。スターというのはそういう存在なのだと彼から教わった。友人の彼とはたまに食事をしたり飲んだりするが、その時は普通の60代の人だ。家庭や健康の話など他愛もない話で、偉ぶったところもない普通の一般人のような人である。

足でリズムを合わせながら聞き慣れた歌を耳に入れ、ふと上を見た。そうかここは武道館なのだ、大きな日の丸の国旗がつってあった。久々に見た日の丸。日本の国旗。その光景にすごく重いものを感じてしまった。約170年ほど前の江戸時代に制定されたらしい日の丸の国旗。一番感じたのは、日本人という重さだ。この御旗の元に生まれ生きてきたという証をまざまざと示され、多少息苦しくなるような感覚だった。それはこの国旗が背負ってきた歴史のせいである、それは明治維新であり、激動の昭和であり、第2時世界大戦であり、経済大国日本の歴史だ。その歴史と共に歩んだ多くの人々の魂がこの深紅の丸に込められている。そう思うとものすごく重々しいものを受け止めさせられている感覚になってしまった。そしてこの日の丸の未来を想像してみると2つの景色が浮かんでくる。一つは無念を孕みながらも火をつけられ燃えていく姿だ。それは日本の終焉であり、無念と儚さが入り混じったまま滅んでゆく姿だ。そしてもう一つの景色は、今見ているままの、偉大で凛々しく、何の揺らぎもない大きな日の丸だ。その大きな日の丸の下で歌っているスター「藤井フミヤ」。今年、ボクシングの井上尚弥のタイトルマッチで国歌斉唱をした彼の姿を思い出してしまった。

もう43年間も日本のエンターテイナーとして歌い続けている彼は約2時間超のステージを完璧にこなした。相当疲れているだろう。お疲れ様。

自分が見た日の丸は大きかった。この大きな日の丸こそが自分のアイデンティティだと改めて思う。日本に突き付けられている様々な問題があるが、そのどれもこれもはこの日の丸の下では些細なことではないか。日本人として心の中にこの日の丸を失わない限り、この国は力強く在り続けていくだろう。日の丸の下で最高のパフォーマンスを表現する藤井フミヤの中にも日の丸を見た思いだった。

「日出ずる国」日本。自分の残りの人生もその思いで心の日の丸を繋いでゆきたい。